自分の立場でできることを積み上げた。店長として全スタッフの意思疎通を図って行った。  
 
山内 基成 32歳[1998年入社]
<部署>外食事業部 <役職>店長
■仕事内容
「びっくりドンキー」での接客、調理全般からスタッフの採用、トレーニングおよびシフト管理など店舗マネジメント全般
<出身校>京都府立桂高等学校
<学科>普通科
◎社会に出るまでに熱中したこと
社会に出て、自分がどのように働くべきかを考えて、主に飲食店でアルバイトを行っていました。
24歳
フリーター生活の後、元廣に入社
少人数の新規事業店に配属されて、調理や接客の腕を磨くが、不採算で2年後に閉店
26歳
びっくりドンキーに異動
40人近いスタッフの中でオペレーションを学び、店長になっても店づくりの想いを伝えて行った
30歳
再建が必要な他店店長を志願
自信を持って臨んだ次の不振店を思うように動かせず、改めて全体オペレーションを見直した
将来を模索した5年のフリーター生活を経て、元廣に入社を決めた。
成績優秀な兄と違って親から学業での期待を感じられず、高校3年間は授業もあまり出ずに飲食中心にバイト漬けの生活。勤め人で家に不在がちな父を見て、「子どもと過ごせる親になろう」と、自由に働ける自営業に心惹かれていた。ただ、将来の目標は見つからず、卒業後は様々なバイトでやりたいことを見つけようと決めた。

しかし、流れるままにコンビニのバイトを2年続けてしまって、1ヶ月間リュック一つで旅した中国ではなかなか自分の殻を破れない。ただ、生きるために必死に行動する現地の人に衝撃を受け、自分もなりふりかまわず動き始めた。
同時に「食べることは生きる基本だ」と実感し、帰国して複数の飲食店でバイトを開始。大学中退してまで飲食の道を選んだ洋食店の社員や、厳しく場を仕切り、遊びも楽しむ居酒屋チェーンのチーフに憧れ、この業界への思いが定まるが、洋食店の店長が毎日の売上や利益に頭を抱えるのを見て、「自営業は厳しいな」と思った。

24歳になるとバイト仲間の大学生は次々と就職を決め、自分も結婚を考え始めた。ファミレスなら安定していると思い、年齢的に難しいと感じながらも応募した元廣で採用が決定。パスタが主力メニューの新規事業の店に配属された。

個人スキルを高めた最初の店は閉店。びっくりドンキーで実力を認められていった。
店長以外の10数名はバイトばかりで、味つけにこだわる職人肌の店長は接客指導も厳しく、毎日何度も「お前は社員やろ!」と叱られた。逃げ出したいと思いながらも店長に認められたくて、調理や接客スキルに磨きをかけ、バイトたちとも心を通わせた2年間。しかし、店づくりは良くても立地が悪くて客は集まらず、業績悪化で閉店が決定。悔しさをかみしめながら、収益をあげ続けるびっくりドンキーに挑む気持ちで異動した。

手頃な値段で美味しいハンバーグを求めて店内には客が絶えず、前店より調理システムも充実している。「こりゃ売れるわ」と納得し、今度は40人ものバイトを動かすオペレーションが大事だと気づいた。
店長は自由に行動させてくれて、前店に比べて厨房スタッフの勤務態度に問題を感じると「水を出しっ放しにするな」などと細かく注意し、バイト同士の話し合いもさせる。そして、最初は煙たがられても、毎日2時間早く出勤して1時間はバイトたちと話をし、残りは範を示して掃除した。するといつしかみんなが手伝ってくれるようになり、1年も経つとそんな姿勢が認められて副店長に。翌年28歳には店長になって、あえて売上が伸び悩む店を志願した。

初めての店長業務に戸惑いながらも、スタッフと一体感をつくり売上も伸ばした。
しかし、スタッフが忙しく働く中、店長らしく振舞おうとするとどう動けばいいかわからない。バイトからは「頼りにならない」「前の店長はできたのに」とささやかれ、反発もされて退職者も出てくる。出社して駐車場から店までの十数メートルの足取りが重い半年間。ついにあるとき、思わずベテランの女性パートに店長業務の難しさを打ち明けると、「店長になってからまた成長したらいいやんやで!」と明るく言われて一気に肩の力が抜けた。

「とにかくお客様に喜んでほしい」。毎日朝礼を始めたり、日々の業務を通じて懸命にバイトにその想いを伝え、厨房には料理の仕上がりを「美味しそうやな」などと声をかけて意識を高めていく。少しでも売上が伸びると、いち早くバイトに報告して一体感を作って行った。すると少しずつみんなの表情や接客が変化し、数ヵ月後の店舗リニューアルで連日スタッフが団結して準備をする姿を見て初めて店長になれた気がした。
夜勤後でも社員と食事に出て交流を深め、新しい調理や接客システムを導入して工夫を重ねていくと、作業効率が上がって売上も伸び、スタッフだけで店が回るようになると休みも予定通りに取れるようになった。

30歳でまた別の店の立直しを志願すると、バイトから「淋しいけど、キャリアアップして下さいね」とまで声をかけられた。しかし、自信満々で臨んだ次の店では、1ヶ月が経っても思った店舗運営ができずに苦しんだ。

社員のフォローアップを有効に使って、よりスムーズな店舗運営を実現することができた。
家で子どもをあやす合間にリーダーシップの本を読みながら、前店での2年を「なんでうまくいったんや?」と必死に思い返す日々。そしてあるとき、「もしかして社員がバイトに僕の想いを伝えてくれたのかも…」と気づいた。

それからは、社員に自分の想いを伝えてからバイトにも声をかけていった。すると社員もその想いを代弁してくれ、バイトみんながホールでなくても「お客様」と呼ぶようになり、店内での動きも一気に良くなって行く。やがて、入店を30分以上待たせたお客様からでも帰り際にお礼を言ってもらえるまでになった。
同時に、各自の作業分担を明確にしてシステムを作っていくと、売上が回復して人員も確保でき、毎朝子どもを幼稚園に送れるようにシフトを組む余裕もできた。そして現在は、さらに別店で再建に取り組む日々だ。

自営業を目指して飲食業を選んだが、元廣では店運営の自由度も高く、オペレーションを成功させれば生活を重視した働き方も実現できた。これからは中学時代の柔道部の顧問のように、厳しくても優しい指導で後輩育成に力を注ぎ、本部の「やりたい店があれば提案しろよ」という言葉を実行に移したい。